四街道の歴史 よもやま話5
更新:2024年4月1日
歴史・文化をもたらした鹿島川(物井から亀崎)
鶴口遺跡と古墳の埋葬
石棺の検出状況
鶴口(つるくち)遺跡第2地点では、平成26年11月に、古墳の埋葬施設のみが調査されました。所在地は亀崎地区の県道136号佐倉停車場千代田線沿いで、北側500mほどに亀崎熊野神社が位置しています。
鶴口遺跡二号墳の石棺
筑波石を石材とした箱式石棺
今回の調査範囲は二号墳の埋葬施設のみであったため、古墳の形や大きさはわかりませんが、筑波石(つくばいし・雲母片岩)を石材とした箱式石棺であることが明らかとなりました。
墓坑と石棺の間の白色粘土や褐色土
底面に敷かれた木炭
長方形の墓坑の中に石棺を組み入れ、墓坑と石棺の間は白色粘土や褐色土などで埋めていました。また、底面には石ではなく木炭が厚さ二センチほど敷かれており、あまり類例のない手法を使っていました。
石棺内の玉類と人骨
出土した玉類
石棺内からは、コハク製の棗玉(なつめだま)などの玉類の他、六体分の人骨が玉類とほぼ同じ場所から集中して見つかっています。わずかに出土した土器や玉類から、この古墳は古墳時代終わり頃の七世紀後半に築造されてたものと考えられます。
箱式石棺と複数体埋葬
鶴口二号墳石棺展開図
物井古墳群では、筑波石を使った箱式石棺を埋葬施設とする古墳の割合が高いのが特徴です。筑波方面から「香取海(かとりのうみ)」を下り、現在の鹿島川や手繰川をさかのぼって船で物井の地に運ばれてきたようです。
一方で、筑波石を入手するには、それなりの財力とネットワークが必要であり、前方後円墳に近い突出部をもつ有力な古墳には例外なく筑波石の箱式石棺が採用されています。被葬者の身分の差が存在していたのでしょうか。
複数の人骨が出土
もう一つの大きな特徴は、鶴口遺跡二号墳で六体、清水遺跡十二号墳で十体、金銅装の大刀で有名な御山遺跡十五号墳で六体など、同一石棺内に複数遺体埋葬が確認されている点です。複数遺体埋葬も筑波石の箱式石棺で見られる状況であり、この点にも単体埋葬と複数遺体埋葬の身分の違いが存在していたのかもしれません。
- 文:栗田則久(千葉県教育振興財団)
- 協力:千葉県教育振興財団
- 写真・資料:四街道市教育委員会・印旛郡市文化財センター
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